三田明 火傷の原因は?整形したのはいつ?ハイジャック事件の真相も

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2025年5月27日、77歳を迎えた歌手・三田明さんがテレビ朝日系の長寿番組「徹子の部屋」に出演し、多くの視聴者に感動と驚きを与えました。

デビューから60年以上、数々の波乱万丈な人生を歩んできた三田さん。その裏には、火傷、整形疑惑、ハイジャック事件という信じがたい経験が隠されていました。

今回は「三田明 火傷の原因は?整形したのはいつ?ハイジャックの真相とは?」と題し、その知られざるエピソードの数々を深掘りしていきます。

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目次

三田明 少年スターとしての華々しいデビュー

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三田明さんは1947年生まれ。16歳の時に『味の素ホイホイ・ミュージック・スクール』というオーディション番組で作曲家・吉田正氏に見出され、1963年に「美しい十代」でデビュー。爽やかで端正な顔立ちと甘い歌声で、たちまち若い女性を中心に人気を集めました。

その後は、橋幸夫さん・舟木一夫さん・西郷輝彦さんと並び「昭和アイドル四天王」と称され、1960年代の青春歌謡界をけん引していきました。紅白歌合戦にも6年連続出場し、若者たちの青春そのものといえる存在となったのです。


三田明 火傷の原因は?1979年に起きた自宅火災

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三田さんの人生を大きく変えたのが、1979年12月の自宅火災です。

この火災で、三田さんは顔面に大火傷を負う大事故に見舞われました。事故の詳細は多く語られていませんが、火災が起きた当時、彼は自宅におり、逃げ遅れてしまったといいます。顔面の火傷という重傷は、芸能人にとって致命的ともいえるものでした。

テレビではあまり見せなくなった時期もあり、ファンの間では「整形したのでは?」という噂も広まりました。


三田明が整形したのはいつ?顔の変化の真相とは

火傷後の顔の変化から「整形したのではないか?」という疑惑が生まれたのは事実です。ですが、これは三田さんが大火傷からの治療・再建手術を受けた結果であり、いわゆる美容整形とは異なります。

火傷により皮膚が損傷した場合、機能と見た目を回復するために皮膚移植や再建整形は避けられません。三田さんも例外ではなく、復帰までに相当な時間と苦痛を伴ったことは想像に難くありません。

その後、彼はテレビドラマや舞台などで再び活躍を見せるようになり、復活を遂げたのです。


ハイジャック事件の真相とは?本人は熟睡中だった!?

さらに異色のエピソードとして語られるのが、1972年11月に発生した日本航空351便ハイジャック事件です。

この事件では、過激派グループが旅客機をハイジャックし、乗員乗客の命が危険に晒されました。三田明さんはその乗客の一人であり、江利チエミさんらとともに事件に巻き込まれました。

しかし驚くべきことに、三田さんは事件の最中ずっと熟睡していたというのです。事件後、記者に囲まれた彼は「何も知らなかった」と語り、マスコミからは「スチュワーデスと付き合いたかった」などと事実無根のゴシップ記事を書かれてしまいました。

まさに「寝て起きたらハイジャックが終わっていた」という信じられない経験をしていたのです


■ バラエティで再ブレイク「ものまね王子」の一面も

実は三田さん、歌手としての活動だけでなく、ものまね芸人としても人気でした。1970年代から80年代にかけて「象印スターものまね大合戦」などに出演し、森昌子さんや五木ひろしさんらと並び、大賞の常連だったのです。

自身のショーにも「ものまねコーナー」を作るほどで、当時のファンからは「芸達者なスター」として愛されていました。


■ 現在もなお現役、そして77歳で「徹子の部屋」出演

そして2025年、77歳となった三田明さんは、再び「徹子の部屋」に登場。番組内では、今もネットを活用して前向きに生きる姿勢を語り、多くの視聴者の心を打ちました。

端正な顔立ちは今も健在で、「あの火傷からここまで回復されたとは…」と感嘆の声も多く寄せられています。


■ まとめ:三田明という男の壮絶な人生

三田明さんの人生は、まさに波乱万丈です。
デビュー当時はアイドルとして一世を風靡し、火傷や借金、ハイジャックといった苦難にも屈せず、常に前向きに生きてきました。

そして77歳の今なお、テレビで元気な姿を見せてくれる三田さんは、多くの人にとっての希望であり、励みであると言えるでしょう。

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